ひとりの時間をもつということ

February 14, 2018

このことを書くことがいいことなのか、いろいろ迷いましたが書きたいと思います。

 

おかげさまで充実した毎日を送らせていただいていたのですが、

最近また不意にやってきてしまった不調のためにお休みをいただいています。

 

先日の臨時休業をはじめ、いろいろとご迷惑をおかけしたり、お待たせしてしまい

申し訳ありません。

情けを頂くようで気が引けてしまい、お客さまだけでなく、お取引先や仲間にも

結果として配慮が足りなかったと反省しています。

そんななかでも、お気遣いやお心遣いをいただきありがとうございます。

 

調子が出てくると、見えない負の引力が突如はたらいて、

まるで、蜘蛛の糸をのぼりきろうとすると、地獄の住人たちに足を引かれるような

今までずっとそんな感覚だったのですが、実は逆なのかもしれないと最近気がつきました。

 

心身の不調は泉への道しるべで、そして、もしかするとその道は遠くも近くもなく

泉は自分自身なのかもしれないということも、おぼろげながら、わかってきたように思います。

 

長いあいだ、不調の根本原因をさぐってきました。

身体的な故障か、食がいけないのか、生活習慣か、はたまた、先天的なものなのか。

途方もない回り道のようで、けれど、振り返ってみると

病を通してあらゆる知見が以前よりも広く深くなっていることにも気づきます。

 

とはいえ、自分のことであるのにまだまだわからないことばかり、

なんど痛い目にあってもなかなか要を得ることができない、アホウですが、

こんなわたしでも、お店に立っている

そしてなんとかやっている

生かしてくれる場所があり、笑ってくれる仲間がいる

その事実が、誰かのなにかになればいい、

そんな小さな願いとともにまた懲りずにお店に立ちたいと思っています。

 

追伸:

この記事のタイトルを無題のままアップしようとしたところ、できなかったので

たまたま今日病院の待合室で手にとった

吉本隆明著「ひきこもれ ひとりの時間をもつということ」

から一部お借りしました。

途中までしか読めませんでしたがおもしろかったです。

 

佑美

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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