夏

涼しくなってきたので、盛夏は控えていた自転車に久しぶりにまたがった。
漕ぐと受ける風が懐かしくもあり、昨日のことのようでもある。
慌ただしい夏だった。
夢のなかにいたのではないかと、錯覚さえするほどだ。
茨木のり子さんの言葉を借りれば、死こそ常態であるなら、生きているいまこの時は、
盛夏そのものなのかもしれない。
そう思うと、これまでの、そしてこれから起こるであろう一切合切に対して、これでいいのだ。と、言えそうな気もしてくる。
お店に置いてある本の著者、の、配偶者が、ある人に贈った手紙を見かけた。
あとから来る人の道になるような仕事をしなさい。
と書いてある。
轍のないところへと舵を切りたい。
もっともっと、混沌のなかへ。
うだるような暑さのなかへ。
遠くの方でかすかに見える光のような静謐さを追いかける。
動を制した静けさよ。
。