表現

舞台、映画、絵画に限ることなく、作物や加工品、ひいては日常の言動すべてがその人の「表現」で、その表現のうち100の批評を的確にできる人より、つたなくとも、どんなに小さくとも自分の名前で1の表現をした人が好きです。

表現をするなかでつまずいたり、自分に嫌気がさしたり、それを批評側はとやかくいいますが、そうした失敗とも呼べる経験が表現をした当事者には糧となり、明日の表現に繋がるだけのこと。

そんなことを繰り返していくうちに「批評」という安息の地にいる人々から、気づけば遠くにいるのです。

声とも呼べぬ声は気にすることなく、淡々と自分の持ち場を耕すのみです。

ガンバレ、すべての表現者たち!

遠くに行くことがいいことなのかはわかりませんが、見える景色はきっと美しい。

追記:誤解なきよう付け足すと「遠く」とは表現それぞれの理想のことであって、その距離や軌跡を他のものと比べる必要などまったくないと思うのです。

自分にとっての遠くが明確になったとき、自ずと比べる必要性がなくなるというか、比べることをしなくなる。

という経験談。

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